イピゲネイア2006/06/29 16:55

 飛び飛びで読んでいた、ちくま文庫の『ギリシア悲劇』4巻を読了。
私は三大悲劇詩人の中では、エウリピデスがじつは一番好きだったりします。
 4巻の中では『エレクトラ』や『タウリケのイピゲネイア』を興味深く読みました。
 『タウリケのイピゲネイア』は、アガメムノンの娘イピゲネイアが生きていたという設定で、彼女は生け贄にされる瞬間に、憐れに思ったアルテミスによってタウロイ国に匿われて、巫女として生活しています。
 そこへ弟であるオレステスが捕らわれて来る。二人はお互いの素性にいつ気がつくのか、そして故郷へ無事帰国できるのか、というお話。

 これは同じくエウリピデスの『ヘレネ』とよく似た設定だけれど、『ヘレネ』の庇護者エジプト王テオクリュメノスが、ヘレネ可愛さから人の良さを発揮しすぎて、騙された姿が哀れでさえあるのに対して、イピゲネイアのトアス王はそれほどではないように思えます。それは恋愛要素があるかないかの違いなのかもしれません。
 同じように男を騙すにしても、「女」として騙すほうが罪なような気がするのは、私が男だからでしょうか。

 そして、これは解説にも書いてありましたが、この劇はデウス・エクス・マキナで幕を閉じますが、それを使わずとも、充分にストーリーは完結するので、あえて使っているとしか思えません。つまりデウス・エクス・マキナに頼っているわけではなく、場面を盛り上げるための演出として積極的に使ったものなのでしょうし、当時の観客がそれを望んでいるために、わざわざそうした、というふうに読めます。いわゆる観客サービスに近い役割だったんじゃないでしょうか。

 ちくま文庫に収録されている呉茂一訳とは別に、岩波文庫から『タウリケーのイーピゲネイア』(久保田忠利訳)が出ていたので、こちらも読んでみました。
 この文庫は訳注、固有名詞一覧などの資料が豊富で、巻末の解説もこの一遍にとどまらず、ギリシア悲劇全体のあらましもわかるようになっていて、私のような素人には親切な編集。

 左の画像は、『タウリス島のイフィゲーニエ』。昨年の岩波文庫のリクエスト復刊の一冊です。
 これは『タウリケのイピゲネイア』を材にとり、ゲーテが作り直した戯曲。
充分今日性のある内容で、それぞれの人物の掘り下げもみごとだし、ラストの変更も含めて素晴らしいと思いましたが、なぜこの悲劇を再構築しなければならなかったんでしょうか。
イフィゲーニエが王を騙して逃げるということに、ゲーテの女性観からして納得がいかなかったということなのかな、などと勝手に解釈。

コメント

トラックバック