「劇画の星」をめざして2006/07/03 15:51

『劇画の星をめざして』佐藤まさあき著 文芸春秋

 貸本劇画で一時代を築いた佐藤まさあきさんの自伝。

 当時の貸本業界の栄枯盛衰、その後の劇画ブーム、「劇画」に対するバッシング、交流のあった漫画家、編集者、アシスタントたちの奇態、確執などが赤裸々につづられていて、いわば戦後漫画史の裏側をのぞき見るような内容。中でも原稿料の推移が具体的な数字で生々しく記されていて、これには驚きました。
 トキワ荘を中心とした漫画家の自伝などと違い、貸本劇画の世界は、また独特の雰囲気があります。

 私がものごころついたころは、すでに町から貸本屋の姿が消えかかっていたので、貸本に光が当たった時代を私は知りませんし、貸本を描く作家に対しても暗くて辛いイメージがつきまとうけれど(たぶん水木しげるさんやつげ義春さんが漫画で描いていたイメージ)、じつは業界の最盛期に人気のあった作家はすごかったらしい。
 著者が日の丸文庫のパーティで聞いた話として「出版社が人気作家を確保するために、専属契約がわりに家を一軒買い与えた」などというすさまじい逸話が載っています。
 それでもブームはそう長くは続かず、貸本業界が斜陽になったときに、いちはやく大手の雑誌に活動を移せた一握りの人が、今で言う勝ち組ということなんでしょうか。

 著者自身も、何度もピンチに陥りながらも、貸本業界から雑誌に移ることに成功し、人気絶頂のころは、池袋に五階建ての自社ビルを建てたり、鎌倉の海の見える高台に家を建てたり、クルーザーを買ったりと、それはもう羽振りがよかったそうですが、当然むちゃくちゃな仕事量だったからこそできること。一日で一本の連載を仕上げるような殺人的スケジュールをこなしていたというのだから、物理的に考えただけでも相当な量です。

 そしてその後、仕事が徐々に減っていく様子も、著者は正直に綴っています。

イピゲネイア2006/06/29 16:55

 飛び飛びで読んでいた、ちくま文庫の『ギリシア悲劇』4巻を読了。
私は三大悲劇詩人の中では、エウリピデスがじつは一番好きだったりします。
 4巻の中では『エレクトラ』や『タウリケのイピゲネイア』を興味深く読みました。
 『タウリケのイピゲネイア』は、アガメムノンの娘イピゲネイアが生きていたという設定で、彼女は生け贄にされる瞬間に、憐れに思ったアルテミスによってタウロイ国に匿われて、巫女として生活しています。
 そこへ弟であるオレステスが捕らわれて来る。二人はお互いの素性にいつ気がつくのか、そして故郷へ無事帰国できるのか、というお話。

 これは同じくエウリピデスの『ヘレネ』とよく似た設定だけれど、『ヘレネ』の庇護者エジプト王テオクリュメノスが、ヘレネ可愛さから人の良さを発揮しすぎて、騙された姿が哀れでさえあるのに対して、イピゲネイアのトアス王はそれほどではないように思えます。それは恋愛要素があるかないかの違いなのかもしれません。
 同じように男を騙すにしても、「女」として騙すほうが罪なような気がするのは、私が男だからでしょうか。

 そして、これは解説にも書いてありましたが、この劇はデウス・エクス・マキナで幕を閉じますが、それを使わずとも、充分にストーリーは完結するので、あえて使っているとしか思えません。つまりデウス・エクス・マキナに頼っているわけではなく、場面を盛り上げるための演出として積極的に使ったものなのでしょうし、当時の観客がそれを望んでいるために、わざわざそうした、というふうに読めます。いわゆる観客サービスに近い役割だったんじゃないでしょうか。

 ちくま文庫に収録されている呉茂一訳とは別に、岩波文庫から『タウリケーのイーピゲネイア』(久保田忠利訳)が出ていたので、こちらも読んでみました。
 この文庫は訳注、固有名詞一覧などの資料が豊富で、巻末の解説もこの一遍にとどまらず、ギリシア悲劇全体のあらましもわかるようになっていて、私のような素人には親切な編集。

 左の画像は、『タウリス島のイフィゲーニエ』。昨年の岩波文庫のリクエスト復刊の一冊です。
 これは『タウリケのイピゲネイア』を材にとり、ゲーテが作り直した戯曲。
充分今日性のある内容で、それぞれの人物の掘り下げもみごとだし、ラストの変更も含めて素晴らしいと思いましたが、なぜこの悲劇を再構築しなければならなかったんでしょうか。
イフィゲーニエが王を騙して逃げるということに、ゲーテの女性観からして納得がいかなかったということなのかな、などと勝手に解釈。

伊藤彦造イラストレーション2006/06/22 22:25

伊藤彦造イラストレーション
 

 おととし亡くなられた伊藤彦造さんの画集の復刊、というか新装・増補版。

 以前出ていたものは古書店で数倍の価格になっていたので、手頃な値段の復刊はたいへん助かります。
 
 この方の絵は、迫力のある闘いの場面でもふしぎなほど品があって、ペンの線がとてもきれいなんですよね。

 腰巻には「580作品収録」とあります。収録点数が多いのは嬉しいけれど、欲を言えば、最低でも雑誌掲載時のサイズで見てみたいなあ。掲載時よりも大きいものもありますが、かなり縮小されてる絵もあるので。

 私はこの方のことを、なんとなく時代劇専門に挿し絵を描いていた人だと思い込んでいたんですが、小学館が昭和40年から発行した『少年少女世界の名作文学』の挿絵も担当していたそうで、この画集でも、古今東西の小説のキャラクターをいくつか見ることができます。

中でもシェンキェヴィッチの『クオ・ヴァディス』の挿し絵などは、意外なほどハマっていて驚きました。
 (余談ながら、小学生のころの私は、この『少年少女世界の名作文学』を図書室から借りてよく読みました。このシリーズは今から思うと充実したラインナップだったし、執筆陣も訳者や監修、挿し絵にいたるまで豪華で、全体の編集も、子供向けだといっても決して手を抜かない一流のものだったように思います。できればもう一度読んでみたいと思うほど。)
 
 来月は弥生美術館にて『伊藤彦造追悼展』も開かれるし、時間があれば観にいきたいと思ってます。

ポセイドン2006/06/07 12:35

ペーターゼン監督がリメイクした『ポセイドン』を観てきました。

 娯楽に徹してます。しかもずいぶんと上映時間が短いからササっと見れる。見てる間はまったく退屈する暇を与えないように作ってありました。こういうのは大画面・大音量じゃないとおもしろさ半減かもしれません。
 ただし上映中はハラハラできるけれど、時間が経つと印象が薄れてくるタイプの映画ですね。ラストも少し物足りなさを感じました。
でも私はこの手の映画はけっこう好きです。

 70年代の『ポセイドン・アドベンチャー』に思い入れがある人なら、過度の期待をしがちでしょうけれど、新作は脚本もキャラクターも一新されていて、まるっきり別物です。人間ドラマは希薄。アクションに重きをおいた作り。どうしても旧作と比べてしまいますが、最初からまったく別な映画だと思って観るのが正解。
 ポセイドン号も旧作は郵船を改造した貨物船兼巡航船だったのが、新作では最新鋭の超大型豪華客船ということになってます。そのあたりのセットの豪華さも見どころ。

 こういう脱出劇は、つまりは人の一生を極端な縮図にして見せてるようなもんですね。災害をネタにしてるから災害が主役だと思ってしまうけど、災害自体は道具であって、当然ですがあくまでも主役は人間。
「死」というものを人間は普段はわざと考えないようにしてますが、いつどんな条件で死が訪れるのかは誰にもわからない。 パニック映画は登場人物がその恐怖に立ち向かい、克服する過程を手に汗握る演出で見せてくれる。だから面白いんじゃないかなと私は思います。


 で、ここから先は原作小説の話。多少「ネタバレ」とかいうやつがありますので、一言お断りしておきます。

 ジーン・ハックマンが型破りな牧師を演じた旧作の『ポセイドン・アドベンチャー』は、「人間ドラマがよく描けてる」というような評をあちこちで見かけます。
 でも原作を読むと、映画で受けた印象がだいぶ変わりました。
神に祈ってる暇があったら自分の力で闘え、そして勝て という考えの牧師さん、映画では彼はヒーローだし、その行動は弱者を助けることになるけれども、原作では必ずしもそうとは言いきれない。
彼は祈らない代わりに自分の行動でのみ神を感じようとする。常に障害に対して、自らの力で勝利をつかもうと努力する。なぜなら自分の勝利を神に約束したし、その姿を神が望んでいると信じているから。
 だけど彼が信じているのは「神」ではなく、神の目の前で自力で勝利する自分ではないかと思えるんですね。だから望みが絶たれたとき、最後の最後に神に大声で悪態をつくけれども、それは完全に一方的なやつあたりだったし、映画版で変更された自己犠牲の姿とも明らかに違う。

 さらには途中リタイアで飲んだくれてた男が助かったり、じつは彼等とは別のグループが船首のほうから楽に大勢脱出できたというのは、登場人物のみならず、旧作映画が好きな人にはショックな展開じゃないでしょうか。

 キャラクターは皆それぞれに立派な振る舞いをすることもあれば、心の中では誰かをけなしたり呪ったり、あるいは邪魔者に思ったりもしてるわけです。たとえば皆に嫌われていた仲間が不慮の死をとげたときや、危険を目の前にして自分が尻込みしたとき、あるいは苦労した様子もなく無事助かった人々を見たとき、登場人物たちの取り繕った言葉や態度の裏側にある心の声を、小説は容赦なく暴いて見せてくれます。

そういうわけで「人間ドラマ」がお好きな人は、原作も読んでみると一層楽しめると思います。ただしおもいっきりドロドロですが。
 個人的には映画版には出てこないシェルビー夫妻(スーザンとロビンの両親)の関係がリアルで怖い。これは怖すぎる。


 ところで、長らく絶版だった原作本が、映画公開に合わせて新訳で出たのは嬉しいことですが、タイトルが『ポセイドン』に変わってしまったのがちょっと嫌なかんじです。
小説も原題は『ポセイドン・アドベンチャー』なのだから、ここはそのままにしてほしいところですね。

画集ウィザードリィ2006/05/20 22:56

アマゾンに予約してあった末弥純さんの画集が今日届きました。
タイトルのとおり、ウィザードリィのために描いたイラストばかりを集めた画集。

収録された作品のほとんどは既に見たことがあるし、持っているものも多いけれど、やはり一冊にまとまったものは嬉しい。

ただ残念なのは、1~3までのモンスターデザインのイラストが入ってないんですね、これ。
5と6(BCF)のモンスター中心になってます。
でも私はBCFはPC版でしか遊んでいないので、じつは末弥さんのデザインしたモンスターは初見でした。いいなーこれ。じっくり楽しもう。

ところでこの本、発売日が4月末から5月18日に変更になっていたらしい。
いつまでたっても届かないから、不安になってアマゾンの注文履歴を見てみると、
「配送予定日: 2006/5/1 - 2006/5/2」と書いてある。

発売日である5月18日になっても「2006/5/1 - 2006/5/2」のままになっていた。こういうのすぐに直してよ、アマゾンさん。

ケルト関連の本2006/04/29 11:41

たまたま続けて読んでみました。

『鷹の井戸』
イエーツ(著) 松村みね子(訳) 角川文庫
 「角川文庫40周年記念」の復刻本を古書店で購入。
 これは1989年に復刻されたものですが、初版は1953年です。特に再編集などしていないので、写植が旧仮名のままなのが嬉しい。訳も雰囲気があってすてきです。

 内容は日本の能に影響を受けたイエーツの、ケルト神話を元にした一幕物。永遠の命を与える水の湧く井戸を訪れたクーフリンと、井戸から水が染み出るのを50年間待っている老人、井戸を見守る鷹、という構図。


『ドルイドの歌』
O.R.メリング(作) 井辻朱美(訳) 講談社

 クー・フリンが活躍するケルトの伝説「クーリーの牛捕り」をネタにした話だというので読んでみたんですが、うーん、これは個人的に合いませんでした。

『ケルトの白馬』
ローズマリー・サトクリフ(作)灰島かり(訳)ほるぷ出版

 活字も大きく、小学校高学年から読める本ですが、内容はしっかりと大人向けです。
これはとても気に入りました。
 画像、白馬の向きに合わせて、本を横にしてあります。
 これは英国に残る古代ケルト人が作った白馬の地上絵。この絵を描いた少年が主人公の歴史フィクションなんですが、読み方によってはファンタジーっぽくもあります。

 この本の行間からは、さまざまな匂いが漂ってきます。
雨の匂い風の匂い、汗をかいた人や馬、草いきれ、石灰、血…等々。
むだのない研ぎ澄まされた文章なのに、それでいてじつに濃密。

 最近は本を読み終えると同時にストーリーを忘れていってしまうくらい記憶力が低下してきている私ですが、この「ケルトの白馬」は、これからもずっと忘れないと思います。

トリスタンとイズー2006/04/28 11:22

『トリスタン・イズー物語』ベディエ(編)佐藤輝夫(訳)岩波文庫

 トリスタンの物語はアーサー王伝説の中に組み入れられたものを読んでいただけなので、改めて読んでみると知らないエピソードがいくつかありました。
 それにしてもイズーを娶ったマルク王の心境がおもしろい。ふたりの関係を知って激昂するのは当然のことながら、落ち着いたときには二人への愛情が深いことも窺わせる。極刑を言い渡しもするけれど、しかし、その立場を考えるとずいぶんと我慢強い男だなあと思う。


『トリスタンとイズー』ローズマリー・サトクリフ(著)井辻朱美(訳)沖積舎

 こちらはサトクリフ版のトリスタン。
 二人が飲んでしまう「愛の秘薬」の要素をばっさりと切り落とした大胆なつくりのものです。可能なかぎり元の伝説の空気を再現したかったのでしょう。
 お互いが惹かれあうアイテムとして薬を使わないことには賛否両論あると思いますが、私はこれはこれで成功していると思いました。
 それ以前に、さすがにサトクリフの文章は素敵です。最初のページからいきなり酔わせてくれました。すごい。
表紙絵は山田章博さんです。

 そういえばジェームズ・フランコ主演の映画"tristan & Isolde"は、日本ではいつ公開するんだろう。あんまりいい評判を聞かないけど、ジャンル的に大好物なので、来たら絶対観ますよ。